松山のお城と道後温泉大好きです。

坊っちゃん

松山城は石垣が高くて非常に見どころの多い城郭です。
街中から望む勇姿は、熊本城と同じく街のシンボルですね。

夏目漱石は、熊本も草枕などで書いていますが、松山と熊本は漱石でつながっているように思えます。

その漱石の坊っちゃんのあらすじをちょっとばかりご紹介します。
映画にも過去何度もなっていますので皆さんご存知かとは思いますが・・・

親譲りの無鉄砲で子供の頃から損ばかりしている”坊っちゃんは、父親と死別後、兄から渡された600円(兄は同時に清という名の下女に与えるようにと50円を渡した)を学費に東京の物理学校[2]に入学。

卒業後8日目、母校の校長の誘いに「行きましょうと即席に返事をした」ことから四国の旧制中学校に数学の教師(月給40円)として赴任した。授業は1週21時間(第7章)。

赴任先で蕎麦屋に入って、天麩羅を4杯頼んだこと、団子を2皿食べたこと、温泉の浴槽で遊泳したことを生徒から冷やかされ、初めての宿直の夜に寄宿生達から手ひどい嫌がらせを受けた坊っちゃんは、寄宿生らの処分を訴えるが、教頭の赤シャツや教員の大勢は事なかれ主義から教師全体の責任としながら、坊っちゃんに生徒の責任を転嫁しようとした。

坊っちゃんは、このときに唯一筋を通すことを主張した山嵐には次第に心を許すようになった。

やがて坊っちゃんは、赤シャツがうらなりの婚約者マドンナへの横恋慕からうらなりを左遷したことを知り義憤にかられる。このことで坊っちゃんと山嵐は意気投合する。

しかし、赤シャツの陰謀によって山嵐が辞職に追い込まれることになってしまう。

坊っちゃんと山嵐は、赤シャツの不祥事を暴くための監視を始め、ついに芸者遊び帰りの赤シャツと その腰巾着の野だいこを取り押さえる。
腹黒くて悪知恵が働く赤シャツを懲らしめるため、当初の予定通り、山嵐と芸者遊びについて詰問し鉄拳により天誅を加えた。

即刻辞職した坊っちゃんは、東京に帰郷。街鉄[3]の技手(月給25円)となった。坊っちゃんの教師生活は、1か月間ほどにすぎなかった。

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